政策提言

川内原発再稼働に反対する申入書

川内原発再稼働に反対する申入書 【提出版PDF】
2015年1月9日
経済産業大臣 宮澤洋一様
原子力行政を問い直す宗教者の会
 代表世話人 長田浩昭(真宗大谷派)
  岡山 巧(真宗大谷派)
  大河内秀人(浄土宗)
内藤新吾(日本福音ルーテル教会)
福島事故を経た今、倫理に反する川内原発の再稼働は、絶対に認めないでください!
 
   1993年に結成した、私たち「原子力行政を問い直す宗教者の会」は、それぞれ自らの宗教的信仰的課題として、国策としての原子力行政を久しく問うてきました。すなわち、それが全てのいのちを永続的に脅かすのみならず、その過程に於いて人々を欺き分断させ、棄民を必然的に生み出すものとして、警告を発し続けてきました。そして、やがて「総ヒバクの危機」を招くであろうことも訴えてきました。
 果たして、2011年の福島第一原発過酷事故に於いて、その「危機」は現実となりました。そしてその「危機」は今も進行中であり、さらに未来を脅かし続けようとしています。
 取り返しのつかない代償を今後も払い続けなければならないであろう事故を経て、これまでの原子力行政を改めるべきことは、今や明白なはずです。「原発ゼロ」を求める民意もまた多数を占め、行動に示されるに至っております。
 ところが、事故直後「原発ゼロ」に向かうかに見えた施策は政権再交代後、原発を「重要なベースロード電源」として「必要神話」を復活させた上で、原発再稼働路線に転換させられることになりました。そして原子力規制委員会の審査を経て、九州電力川内原発1、2号機は一気に拙速に再稼働に向けられています。さらには関西電力高浜3、4号機もそれに続き、準備が整えられようとしています。加えて、インドやトルコ等への原発輸出の攻勢もあからさまになってきています。いずれも現政権の唱える「経済戦略」と一体化させて、ヒバク労働も拡大させる道を選択することになりました。それらは、「危機」を糊塗するためにさらなる「危機」をもって固めるかのような迷妄暴走する姿そのものです。
 「私たちは侮辱の中に生きている」という言葉が運動の中で発せられました。此度の再稼働とそれに類する策動は、人間としての誇りや矜持をことごとく踏みにじり辱める蛮行を歴史に記す行為に他なりません。この国の原子力行政を担ってきた貴省が、さらに驕慢なる「重罪」を重ね、自らをも卑しめる姿は悲しくも惨めなものとして映ります。私たちは、未曾有の原発震災を真摯に受け止めて、これまでのあり方を反省悔悟し改めてこそ、共々に救いの道が与えられるであろうことを確信し希求するものであります。
 原発政策に於いて一進一退のあったドイツでは、福島事故直後に脱原発に大きく政策転換させました。そして、その決断には宗教者を含む倫理委員会の存在が大きかったことが伝えられています。また、日本でも、2014年5月に福井地裁で大飯原発3、4号機の差し止めが言い渡された判決文では、人格権が広汎に奪われる事態を招く可能性を有するものとして原発の本質を捉えています。いずれも、福島の惨禍を経験してなお(その収束が見通せない中で)原発再稼働や原発輸出に進むことが、人間の倫理として許されることなのか、を鋭く問うものと言えます。
 此度は、差し迫った原発再稼働(特に川内原発に関して)にしぼり、異議を呈する理由を以下に掲げます。「あとから来る者のために」何を用意するのか、の観点から、理不尽で恥辱に満ちた現状を悲しみ憤りつつ、原子力行政の根本的転換を強く要求します。
   
 1.「安全」評価自体が責任不在の中で進められています。
 原子力規制委員会は、新規制基準に基づく適合性検査に於いて、川内原発1、2号機を「適合」と評価しました。が、田中委員長は「安全審査ではなく、基準の適合性を審査した。安全だということは私は申しません」と発言しました。一方政府は「原子力規制委員会によって安全性が確保されることが確認された」「安全性が確認された原発の再稼働を進めるのが政府の方針だ」と述べています。つまり「安全」ではないが「安全性が確認された」と、架空の「安全性」の上で地元同意も含め事態が動いているわけです。基本的段階で論理破綻と矛盾をあらわにして手続きが進む荒廃ぶりを、座視することはできません。
2.福島原発事故の総括がなされない中で進められています。
   「避難区域が250キロメートルに及ぶ」そして「われわれのイメージは東日本壊滅」、当時の原子力委員会委員長や福島第一原発所長が想定したという証言から、この事故がさらに厳しい事態に展開し得たことが示されました。実際、第一原発の安定は望めず、事故の内容、原因や過程の究明、それらの調査・検証はほとんどなされ得ない状況です。である以上、それらを踏まえた危機管理対策は本来立てようがないはずです。
 加えて、事故による放射能汚染への対応は、さらなる問題を呼び起こしています。「除染」や「帰郷」や「補償」、あるいは「中間貯蔵施設」や「指定廃棄物処理場」をめぐって、地域内で対立・分断も引き起こされています。子どもの健康に関する不信や不安も一層高まってきています。事故を招いた加害者の責任は不問に付する一方、ヒバクを強要され続ける被害者へは救済支援策も疎かなままの実態は看過できません。こうした棄民を強いつつ再稼働を進める姿勢は、それ自体非倫理的であるばかりか、再稼働後の過酷事故時に於いて同様の過ちを繰り返す予告を意味することを、認めざるを得ません。
   
 3.自然の猛威に対する謙虚さを欠いたまま進められています。
    昨年9月の突然の御嶽山噴火は、火山噴火の予知が甚だ困難なことを示すことになりました。特に川内原発には、過去に巨大噴火による火砕流が及んだ可能性が指摘されています。仮にカルデラ噴火の前兆を予知できたとしても、核燃料搬出が可能であるとする根拠は示されません。また、基準地震動の妥当性についても疑義が呈せられています。
 これらは、災害のもたらす影響力とその甚大性に鑑みれば、「確率が低い」とか「観測記録が存在しない」等の理由で葬られるべきものではありません。福島の場合でも、同様に危険性を指摘する声がありながら、コストの関係もあって放置した結果、重大な結末を招くに至りました。人間の限られた知見のみをもって判断し、未来もコントロールできると(しようと)する驕りの姿勢は、福島を経験した上ではなお、改められなければなりません。
   
 4.実効性のある防災対策を欠いたまま進められています。
   原発過酷事故時に於ける避難計画の困難さは、福島事故をふまえるにつけ、誰の目にも明らかとなりました。が、現行では、これら具体的な防災計画の策定内容は原子力規制委員会の審査対象外で、自治体に委ねられています。そして、それらの対策は、有事の際には当日の天候や風向きも含め、あらゆる場面で画餅に終わる可能性が高い、と言わなければなりません。そうした中で、高齢者や病弱者、入院患者や介護施設入所者等、いわゆる避難弱者にとって極めて厳しい環境におかれることが大いに危惧されます。こうした、人格権が奪われかねない可能性を放置したまま再稼働が進められることが、それ自体人間の誇りを傷つける議論であることは、基本的に意識されるべきです。
   
 5.民意を踏みにじりつつ進められています。
    既に国民世論として多数が「原発ゼロ」を指向しています。その中での再稼働の策動は、国民主権と民主主義への挑戦に他なりません。川内原発に於ける地元議会や県議会でも、拙速かつ一方的な強行採決が行われました。が、その間、周辺住民は広域にわたって反対の意思を表明しています。原発過酷事故の可能性がはっきりした以上、より広域に自治体及びその住民に、決定に関与させる道筋を講じる必要があります。人々の意思に背を向け、暴力的強行的手段でしか進められないとしたら、その時点で再稼働の策動は失敗であったことを認識すべきところです。
   
 「豊かな国土とそこに国民が根を下ろして生活していることが国富であり、これを取り戻すことができなくなることが国富の喪失である」と前出の福井地裁判決は明言しています。
 私たちは、全ての住民が豊かな国土に於いて平和で安穏な生活を営み、かつ差別や犠牲を強要することのない社会を希求します。ところが今、「成長戦略」の下に進められる原発再稼働の動向は、深刻な過ちを犯し「国富の喪失」を招きながら、再び同じ過ちを繰り返そうとする愚かさを歴史に刻むことに他なりません。今はむしろ名誉ある根本的転換を模索するチャンスでもあるはずです。それらを踏まえ、まずは川内原発再稼働は絶対に認めないよう、強く申し入れます。
 

大飯原発再稼働に反対する要望書

2012年5月30日
福井県知事 西川一誠様
原子力行政を問い直す宗教者の会
福井県世話人
中嶌哲演(真言宗御室派)
岡山巧(真宗大谷派)
西條由紀夫(日本バプテスト連盟)
代表世話人(事務局)
長田浩昭(真宗大谷派)
大河内秀人(浄土宗)
内藤新吾(日本福音ルーテル教会)
大飯原発再稼働に反対する要望書
 今、大飯原発再稼働問題について、経済(雇用や電力需給も含む)や技術的(安全性)な視点だけで議論されていることに怒りと悲しみをもって諫言いたします。

 私たちは1993年の会結成以来、原発問題は軍事問題(核兵器との関係性)であること、そして、被曝(労働者・住民)の悲しみを本質としていることを訴えてまいりました。また、先月17~18日、「2012フクシマ全国集会」(テーマ:今、フクシマにて共に悩む―怒りと悲しみの<こえ>に呼び覚まされて―/会場:福島市コラッセ福島)を開催し、別紙のアピールをまとめ、翌19日に福島県と日本政府に要望を伝えました。
 これらを踏まえ、真実を問い続ける宗教者として<いのち>に立って、大飯原発の再稼働に反対し、以下2点を要望いたします。
1、フクシマ原発震災の悲しみを共有すること
 フクシマ原発震災は想定されていた地震(津波)であり、想定されていた事故でした。私たちは、生きとし生けるものや、大地・空・海を被曝させた罪を懺悔し、再びこの痛ましい出来事を繰り返さないために全国から集まりました。
 当会のメンバーを含めて福井県内にも福島から避難されている方がおられます。3.11以降の苦難の話をお聞きすると胸が痛みます。ところが、フクシマから怒りと悲しみの<こえ>が発せられているにもかかわらず、国は未だにこれまでの原子力政策そのものの過ちを認めることなく、真の謝罪さえもありません。それどころか、経済原理に立って大飯原発の再稼働へと突き進んでおります。こうしたフクシマへの無反省・無感覚は、<いのち>の尊厳を見失っていると言わざるをえません。
 知事は、国の意向の伝達者となることなく、住民の<いのち>の叫びを丁寧に丁寧に聞きとり、国の原子力政策の見直しを求めること。
2、原発稼働は被曝(労働者・住民)が前提となる愚かさに目を覚ますこと
 私たちは、先の戦争責任を問うことを通して同じ国策である原発問題を明らかにしてまいりました。国家を強大にするために、絶対化された神話のもとで武力によって<いのち>を傷つけたのが戦争です。情報操作によって真実を閉ざし、国民に我慢と忍耐を強要しました。原発問題はこの歴史に重なる迷いの構造を抱えております。
 つまり、この半世紀、国は原子力という新たな力をもって、強大な国家を目指そうとしました。そして、「安全神話」と「必要神話」という二つの神話をたれ流すことによって、私たちは「安全でないのに安全」「必要でないのに必要」だと思い込まされてきたのです。その結果、弱い立場の人々や自然環境に負担と犠牲が押しつけられ、被曝(労働者被曝、住民被曝)の悲しみは覆い隠されました。
 フクシマを経験した今、原発の稼働は、被曝が前提となる愚かさに目を覚ます時が来ています。その被曝を、飛行機や喫煙のリスクと同列に評価することはできません。なぜならば、そこに選択の自由はなく、一方的に受忍を強いられるからです。その痛み、<いのち>の叫びは、戦争で犠牲になった人々の声なき<こえ>でもあります。
 大飯原発再稼働は<いのち>の道理に背き、愚行以外のなにものでもないことを深く自覚すること。
以上

2012フクシマ全国集会 アピール

無題ドキュメント
原子力行政を問い直す宗教者の会
2012フクシマ全国集会 アピール
集会開催案内


「原子力行政を問い直す宗教者の会」では、久しく警告してきた「総ヒバクの危機」が現実となったこの時、全国各地から、その現地となってしまった福島に集い、私たち一人ひとりが、その危機をくい止めることができなかった非力と罪を見つめ、福島の人々の深い悲しみと怒りの中に身を置いた。(4月17〜18日「2012フクシマ全国集会」会場:コラッセ福島、テーマ:今、フクシマで共に悩む!―怒りと悲しみの〈こえ〉に呼び覚まされて―)

 「ただちに健康に支障を与える値ではない」は何度聞かされただろうか。今も安全キャンペーンは幾重にも張りめぐらされ、福島県民、特に子どもをもつ親たちを困惑させ、思考停止から分断、さらには対立へと導かせ、疲弊させている。実際は国が本来子どもたちを避難させるべき放射線管理区域の値を、優に超える環境の中に、子どもを含め留め置いたままであるにもかかわらず。

 そして私たちは、そうした安全キャンペーンを根拠づけるものがICRP(国際放射線防護委員会)にあるととらえ、その歴史と思想性を学んだ。すなわち「放射線被曝防護」の基準が、人々の命や健康ではなく、原子力産業を守るために定められたことを。「ヒバクを強制する側がそれを強制される側に、ヒバクがやむをえないもので、我慢して受忍すべきものと思わせるため」の基準であり、手段であることを。

 こうした考え方のもとに、これまで幾多のヒバク労働を生み出させ、フクシマの「緊急時」には、その基準をつり上げてまで、我慢、受忍を強要させてきた。「いのち」の原則は、「疑わしきものには近寄らず」であり、国の施策は間違っている。

 棄民を生み出す国策の姿が今はっきりと立ち現れた。「いのちの尊厳」に立脚する私たちは、これらの実態を看過することはもはや許されない。私たちは最も弱い立場の人々の側にいなければならないからだ。安全がないのに「安全」「安全」と、平和がないのに「平和」「平和」と欺されようとしている状況を前に、悲しみにまで深められた怒りの思いを抱きつつ、以下を要望する。


福島県への要望事項

宛先:福島県知事 佐藤雄平 殿

▼要 望

①子どもの保養(避難・疎開)企画を支援する事業の対象を、県内だけでなく県外にも拡げること。

②『放射線副読本』を用いないこと。



≪2≫日本政府(関係省庁)への要望事項

宛先: 経済産業大臣    枝野幸男様

厚生労働大臣 小宮山洋子様

原発事故収束担当大臣 細野豪志様

文部科学大臣 平野博文様

復興大臣 平野達男様

▼要 望

①低線量内部被曝の影響については、世界の専門家の間でも意見の大きく分かれるところであるので、福島県に住む方々が、避難・残留どちらの選択をする場合にも、その選択の自由と生活の保障、また長期にわたる医療保障をすること。

②国はこれまで原発の危険性を隠し、推進をしてきたことを、国民に謝罪すること。

③放射線副読本の内容を再検討すること。

④全国どこの原発についても、再稼働をしないこと。

在日米軍横須賀基地への原子力空母の配備への反対と要望

2008年12月12日
内閣総理大臣 麻生太郎 殿
外務大臣 中曽根弘文 殿
防衛大臣 浜田靖一 殿

在日米軍横須賀基地への原子力空母の配備への反対と要望


原子力行政を問い直す宗教者の会
                       共同世話人
                       長田浩昭 (真宗大谷派)
                       岡山 巧 (真宗大谷派)
                       内藤新吾 (日本福音ルーテル教会)
                       大河内秀人 (浄土宗)

  2008年9月25日、横須賀市民の七割を越える住民が反対しているにもかかわらず、米原子力空母ジョ-ジ・ワシントンが強制的に横須賀基地に配備されました。わたしたちは以下の理由によりこの配備に断固反対し、抗議します。

<理由.>
1. 横須賀市民の反対する最大の理由は「原子炉(原発)を2基も積んだ空母が入港した」からです。(福井美浜原発1号炉[34万kw]の2基分以上に相当) もし一旦艦船で事故が起き、放射能漏れが起きれば、その被害は計り知れず、神奈川県、首都圏全域に及びます。
2. にもかかわらず米軍は空母の原子炉の設計、構造等を「軍事秘密」の名のもとに一切明らかにしていません。しかも「市民の生命の安全を守らねばならない横須賀市(長)」にも一切明示していません。これでは市民を事故から守ることなど全く不可能となります。しかも、日本政府は空母の「安全調査・審査」を実施しないということです。「米政府、米軍関係者が安全だと言っているから安全だ」というのがその理由です。これは何の証拠も提示されないで「信じればよい」と脅迫されているに等しいものです。
3. また、横須賀のある三浦半島の断層群は、全国の主要な活断層の中でも地震の発生率が高いグループに属しており(平成14年、文部科学省地震調査委員会)、地震発生時に津波などによる座礁や岸壁への衝突などの不安を禁じえません。
4. 政府は「日本国と日本国民を守るため、日米軍事強化を一層推し進める」といいます。「原子力空母の配備はその一環だ」と言われますが、「原子力空母が横須賀基地に存在すること自体が恐怖そのもの」です。
5. 随って、本気で「国民の生命を守る」意思がおありならば「空母」を一刻も早く米国へ帰港させて下さい。

 以上、「空母の配備」に断固として抗議し、「配備の撤廃」を強く要請します。

原子力安全委員会・保安院等への要望書(2008/10/1)

原子力委員長 鈴木篤之様

原子力安全・保安院長 薦田康久様

2008年9月24日
原子力行政を問い直す宗教者の会

世話人会東京共同代表 阿蘇 敏文

東海林 勤

 「原子力行政を問い直す宗教者の会」は、原子力に関する国策を憂慮する各地の宗教者(仏教、キリスト教、神道など)の全国ネットワークです。1993年、「もんじゅ」の初臨界が迫っていたとき、宗教者が敦賀に集まって結成しました。「もんじゅ」が運転試験1年半でナトリウム火災事故を起こしてから13年、今再開を目指しており、並行して六ヶ所再処理工場も来年の操業開始を目指しています。
私たち宗教者は、原子力が人間を含む生き物の命を脅かすにもかかわらず、日本の原子力政策は命よりも経済・軍事優先で推進されていることに強い懸念を抱いています。そこで去る9月1~3日敦賀市に全国から90人の宗教者が集まり、『再処理~もんじゅは総ヒバクと核武装への道――無核・無兵を!』という主題で学習し、協議をしました。
この集会を代表して、貴委員会に以下のとおり見解と要望を述べます。

1.原発震災

 昨年7月の中越沖地震による柏崎刈羽原発事故は、地震による原発大事故の可能性が日本のすべての原発に迫っていることを示しました。柏崎刈羽原発は地震が中程度で余震も軽く、たまたま3機が停止中であったこと等により、辛うじて苛酷事故を免れたけれど、それでも構内地表は波打ち、7基が別な向きに傾いて、地下に重大な変化が生じたことを現わしました。直下に活断層があることも判明しました。たった3ヶ月の調査でも、7機と構内建物、設備に3,000件の損傷やトラブルが見つかりました。これらの原発が今後使用に耐えるとは、誰も本気で考えることはできないでしょう。

 地球は今地殻変動期で、日本は阪神・淡路大震災の頃から活動期に入り、今後40年は続くと予想されます。耐震設計審査指針(1978年)以前に建てられた原発は言うまでもなく、一部改訂の81年指針(旧指針)、さらに大幅改訂した06年の新指針をクリアした原発も、起こりうる大地震に耐えられるか、懸念されます。耐震審査は国が決めた立地を安全審査した後に行なわれるので、立地変更を要求するような耐震審査結果は出さないからです。手加減は、新指針そのものの中に含まれているし、指針の実際の適用時にも加えられます。そのため立地の直下か直近に断層があっても、それはない、あるいは影響ないとされてきました(石橋克彦氏)。

 断層は地下も海底も未発見のものが多く、その上、日本では断層がない地も震源地となり得ます。とくに海岸の地帯は地震に弱い地域です。それでも、この国ではどんな老朽原発も安全とされるのです(ex.浜岡原発訴訟の一審判決)。

 老朽化は深刻な事態です。老朽化は、定検短縮と運転長期化、熟練技師・作業員の減少、下請け孫請け企業や3次、4次請負会社への検査・補修の丸投げなどと重なって、事故の多発を招きます。放射線影響協会に登録された被曝労働者の数は42万人を超えました。それでも、被曝によるがんや骨髄腫、免疫不全と罹病、死亡は隠されていて、労災認定はたった10人です。地域住民の被曝の実情も隠されています。

 その上、ひとたび地震災害と原発の苛酷事故が複合し、「原発震災」となれば、人類未体験の破局的災害となり、現地被災者の脱出も外からの救援も困難を極め、多くの命と地域が放棄されるでしょう。国土の広い地域が被曝地となり、放射能汚染が地球全体に広がり、その影響は遠い未来の世代に及ぶでしょう。

 地震研究者たちは、若狭と浜岡でとくに原発震災の危険が高いと警告しています。これらの地元はもとより、風向きによって京阪神、中京圏、首都圏もそれぞれ大災害に見舞われるでしょう。百万単位の数の人々の生命・生活とこの国の産業機構が、想像を絶する崩壊に陥るでしょう。「総ヒバク」は空想ではありません。そのときには私たちが顧みなかった被曝労働者と現地住民の苦境とそれを超える悲惨を、私たち自身の境遇として引き受けるほかないでしょう。ふだん放射能の危険は分かりにくいとはいえ、自分が電気で恩恵を蒙った人々の命と人権を無視すれば、その結果は自分にはね返ってくるということです。

 こうは言っても、ただ悲観してはいられないし、この状態を脱する道はまだ開かれています。それは、国と企業がどんなに隠しても聞こえてくる原発被害者の訴えに心の耳を傾け、被害者と手を組んで被害を食い止めることです。幸い今日、一般市民の間にも危機意識が広まってきました。私たちは危機を新たな生活、政策への転機として捉えます。

2.核武装
 政府と企業は、六ヶ所村に集めた使用済み核燃料を早く処理しないと、原発構内の一時貯蔵プールが満杯になって原発の操業できなくなると言って、再処理工場の操業開始を急いでいます。しかし大量の高レベル放射性物質を扱う原子力プラントの危険性と、不安定な化学プラントの危険性を合わせ持つ工場の運転はひじょうに危険な作業です。英国のソープ再処理工場は2005年に配管破断事故を起こして停止してから、放射能のため事故調査もできない状態が続いています。原発「先進」諸国が安全性、経済性を理由に撤退した再処理工場を、日本はソープの2倍もの規模で建て、運転しようというのです。しかも、工場敷地の直下に断層が走っているのに、です。地震国の活断層の真上に巨大な再処理工場を新設するとは、どういう神経でしょうか。さらに過酷事故がなくても1日で原発1基1年分の放射能汚染を引き起こすと言われます。汚染はすでに試験の段階で広がっています。

 それでも六ヶ所再処理工場の操業を目指すのは、プルトニウム利用の「核燃料サイクル」の要になっているからでしょう。ところが、原子力基本政策「核燃料サイクル」がまったくの虚構であることは、もう否定しようもありません。まず第一に、高速増殖炉原型炉「もんじゅ」が機能せず、実証炉も計画を立てられないからです。「もんじゅ」はきわめて不安定なプルトニウムを燃料にし、同時に爆発しやすいナトリウムを冷却材として大量に動かすという、安全上両立しえないことをする装置です。生産できる電力も原発1機の3分の1以下、運転して取り出せる燃料用プルトニウムは微々たるものです。

 第2のもっと重要なことは、「もんじゅ」運転が目指すプルトニウムは実は燃料用ではなく、きわめて同位体率(純度)の高いプルトニウムであることです。すでに高速炉「常陽」が純度99,2%のプルトニウムを12.2kg生産していたし、「もんじゅ」は1年半の運転試験中に純度99,8パーセントのプルトニウムを17kg生産していました。いずれも「使える核兵器」つまり戦術核に適したプルトニウムです。その量は両方合わせておよそ核兵器20発分です。今後「もんじゅ」が10年間正常に運転できれば620kg生産し、以前の20発分を加えて300発以上の兵器用プルトニウムができます。このプルトニウムを抽出する特殊な再処理工場「リサイクル機器試験施設」(RETF)は、東海村に建設され、「もんじゅ」再開にあわせて運転を開始するよう、すでに準備が整っています。(槌田敦氏)。

 米国はレーガン政権のときに戦後の日本非核化方針を変更し、アジアの核戦争を日本に肩代わりさせることにしました。日本の核武装は90年代の日米軍事再編の秘められたアジェンダでした。日本の政界には、サンフランシスコ講和条約の頃から将来の核武装を目指す動きが始まり、平和利用三原則、原子力基本法、非核三原則にもかかわらず、一貫して核武装への強い志向が働いていました。それがついに具体化し始めたのが、日米軍事再編の現状です。米国は最近RETF運転に関する技術供与を進めています(藤田祐幸氏)。

 「もんじゅ」の近くに活断層があることは以前から知られていた上に、近年、地下に活断層が2本あることが判明しました。大量のプルトニウム燃料と複雑なナトリウム配管を内蔵する「もんじゅ」が地震に遭えば、想像を絶する惨事となります。13年も操業を休止し劣化したこの異様な施設を、十分な安全審査も経ないで再開するなら、言語道断です。

 政府の原子力政策は、プルトニウムをウランにまぜて炊くという危険なプルサーマル計画を地方の電力会社と自治体に押し付けて、かろうじて核燃料「サイクル」を掲げていますが、本心では再処理から核武装へと「一直線」に軍事大国化をめざしているようです。そのため六ヶ所再処理工場と「もんじゅ」はどんなに危険でもやる、この国の市民と社会の命取りになろうともかまわない、ということであるなら、これは無謀な太平洋戦争に突入した時より桁違いに無謀な政策ではないでしょうか。起こり得る惨事に誰が責任を取るのですか。

 しかも米国からはあらたに首都圏に、北太平洋から中東までをカバーする米軍総司令部(キャンプ座間)と、最新鋭の原子力空母ジョージ・ワシントン(母港横須賀)を押し付けられました。これらは日本の安全を守るよりも安全を脅かします。ミサイル防衛網も同様です。とくに空母の原発は商業用原発より事故を起こしやすく、また地震―三浦半島に活断層群―による水位の変化等から過酷事故を起こしかねないのです。そのときには首都圏に百万人以上の死亡が予測されます(上澤千尋氏)。


要 望

 そこで私たちは原子力安全委員会と原子力安全・保安院に要望いたします。

1) 原子力政策は経済成長、GDP上昇を目標とせず、人命と人権、人間を含む生き物の安全と幸福を目標とするように、政策全体を捉えなおしてください。

2) 被害者の訴えを聴いてください。原発が被曝労働なしに成り立たないこと、被曝の実情、また原発が想像を絶する災害を引き起こす危険があることを、市民―被災の渕に立つ当事者―に正確に周知させてください。真実な姿勢で、市民と対話してください。情報公開を徹底し、公聴会、シンポジウム、懇談会を開いてください。

3) 廃炉と高レベル放射性廃棄物をできるだけ安全に管理し処分することに、ためた知恵、技術、資金を集中的に用いてください。

4) 敦賀3,4号機などの新設計画をすべて取りやめてください。

5) 柏崎刈羽原発の廃止を決定し、すべての原発を―とくに若狭と浜岡で―老朽化の度合いと耐震の見直しによって、速やかに順次停止、廃止してください。

6) 耐震性強化と防災計画は原発震災にも対応するよう、抜本的に改めてください。

7) 2005年に決定された「原子力政策基本大綱」を、その後に生じたさまざまな重要案件を考慮して全面的に見直してください。とくに再処理工場は工程の要となるガラス固化が頓挫した今、即時完全に中止し、「もんじゅ」の操業準備も即時中止して、再処理―プルトニウム利用という基本線を転換してください。

8) プルサーマル計画をやめて「核燃料サイクル」という看板をおろし、プルトニウムを無力化する研究を進めてください。

9) 日本が過去の侵略と支配に向き合うこともしないで核武装をすれば、アジアの対日批判は高まって日本はさまざまな困難に遭うでしょう。そのとき日本が国家主義を募らせれば、最悪の事態もありえます。日本が核武装に向かい、核戦争が現実味を帯び始めた今こそ、非武装の意味も明らかです。無核・無兵(非核・非武装)が、平和と安全の唯一の道です。日本国憲法の平和主義を原子力の観点で生かしてください。  米原子力空母の横須賀母港化に対して、同空母の速やかな撤収を求めてください。

10) 政府と少数の独占的な電力会社は、原発関係で巨額の浪費とギリギリの危険を露呈しています。なによりもカネにものを言わせることで、自他共に人心の荒廃を招いています。原子力委員会は、日本の電力を天然ガスとコジェネレーションへ、再生可能なエネルギーへ、地方分散型体制へと転換してください。市民がだれも犠牲を強いられず、たがいに他を思いやり、平和に豊かに暮らすことに、予算(もとは税金)を回してください。市民は本来アジアの人々と信頼しあい、平和と安全を築く知恵と力を持っています。

以上

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