息子はなぜ白血病で死んだのか

息子はなぜ白血病で死んだのか 著者 嶋橋美智子

発行 株式会社 技術と人間
〒162-0825
東京都新宿区神楽坂3-6-12
℡ 03-3260-9321
振替 00170-7-192694
1999年2月15日
定価 1900円+税

 

 

 

 

書評  『息子はなぜ白血病で死んだのか』

長田 浩昭 (真宗大谷派)

 能登半島で志賀原発が稼働する頃(93年)だったと思う。そこで出会った一人の老人の言葉と冷めた眼が忘れられない。原発反対のビラをかかえて一軒一軒を歩いていた私は、たまたま農作業をしていた老人を見つけ話かけていた。その時の記憶はもう定かではないが、おそらく未来の“いのち”のことを考えて原発だけは許したらいけない、ということを私は話していたのだと思う。その時に老人が口にした言葉だけは忘れることはできなかった。

 「子供も孫も、わしにはおらん。どうせ、戦争で一度は捨てた“いのち”や。何か事故でもあったら、みんな一緒に死んでしまえばいいやないか!」

 その時の自分に、返す言葉は持ち合わせていなかった。

 今振り返ってみると、その老人の言葉の背景にある戦争という重みと、未来に対するアキラメと絶望をひしひしと感じてしまったからだった。戦争で青春時代を奪われ、封建的な家制度の習慣が、子供に恵まれなかったということだけで未来の設計図を奪っていったのだろう。さらに、日本の農業政策の中で土と共に生きる誇りを奪われ、圧倒的な力と金によって原発を押しつけられていった、その老人の人生と、過疎と言われる現実をすべて物語っていたように思う。そして、推進派の人々が原発に反対する人間に向ける、いつもの敵対した眼ではなく、氷のようにすべての事柄に対して冷え切った眼だったことが、私の中で返す言葉を失わせていったのだと思う。

 しかし今、もう一度その老人に逢いたい。嶋橋さんの『息子はなぜ白血病で死んだのか』という一冊の本を携えて…。

 この本の前半は息子・伸之さんの被曝労働に携わるまでの生い立ちと、その結果訪れてしまった白血病のすさまじい闘病記録である。我が子の死を、これほど刻銘に記さねばならなかった嶋橋さんのその悲しみと、決意にだじろいでしまった。しかしこれが、原発によってもたらされた事実だということを、あらためて見つめなければならない。

 私の出会った老人は、決して原発を好んで誘致したわけではない。たとえそうであっても、原発を認めてしまう以上、その原発によって“いのち”を奪われていく人々を、生み出してしまうという事実を伸之さんの死は語っている。その事実に眼を向けなければ、自分が奪われてしまった以上のものを、奪ってしまっていることに気づけないのではないか。

 もう一度その老人に逢えたら「それが、私たちの生きるこの国の構造であり、あなたから色んなものを奪った相手なんだ」と伝えたいのです。  そして、そんな簡単に人は死ねないのだという現実を、伸之さんの闘病記によって嶋橋さんは語っているのだと伝えたいのです。

 この本には

 反原発の科学者や専門家、知識人 の方々は原発の構造や危険性の知識 を十分お持ちでしょう。しかし、一 般の方々や主婦の方々、学生さんなどは「原子力は安全でクリーンなエ ネルギー」と信じておられるのでは ないでしょうか。  私もその一人でした。 
 ですから、「未来のエネルギー、 科学の先端を行く原子力発電所」に息子を喜んで就職させました。

という嶋橋さんが、伸之さんの死に直面し、労災を勝ち取るための闘いの中で見えてきたものが、次のように語られている。

 こうなりますと原発で電気を作る 電力会社との闘いというよりも財閥 を頂点にした日本の巨大企業グルー プとの闘いということになります。 あるいは国策として原発を推進する 政府との闘いといってよいのかもし れません。いろいろな先生方のお話 をうかがって今まで見えていなかっ た大きな相手の姿をおぼろげながら もつかむことができるようになりま した。

 この嶋橋さんの心の展開に、私は大きな感銘を受けた。一人の人間の死を通して、その背景にある大きな課題に眼が開かれていったことにである。

 数多くの闘病記が出版され話題になったりしているが、同情や哀れみや、家族の頑張りに対する賞賛のものが多いのではなかろうか。しかし、一人の死を通して、その苦しみの背景に眼をすえ、残された者たちの人生の課題として、死を担い続けるという姿に接することは希である。 その意味において、この本は闘病記ではなく、残された者たちの人生の課題を明らかにした闘いの書であり、労災を勝ち取るという闘いの中で、亡き伸之さんと共に歩いた記録でもある。

 そして、その歩みを支えたものこそが、労災申請時の記者会見の中で嶋橋さんが言われた、「こういう悲しみに泣く家族は、私達で最後にしてほしい」という願いであったのだと思う。

 第2、第3の伸之さんを生み出したくないという嶋橋さんの願いは、生前伸之さんに出会ったことのない私の中に確実に根を下ろしている。

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