掲載新聞記事(仏教タイムス)’93.7.15

「原発」問う宗教者の会発足
宗派超えて敦賀で開催
“いのち”から提起
敦賀市長へ申し入れ行う

 全国各地の原子力発電所立地地域を中心に反原発・脱原発をめざして個別に行動してきた仏教はじめキリスト教、新宗教などの宗教者が、それぞれの宗派を越えて「原子力行政を問い直す宗教者の会」を結成。さる6日、原発銀座といわれる福井県敦賀市に約百名が参加して結成集会を開催した。集会などでは各地の活動などを報告、宗教者としての取組みを宣言した。また、集会参加者は翌七日には高速増殖炉「もんじゅ」を見学し、高木孝一・敦賀市長に原発増設中止など三項目の申し入れを行った。  結成集会(代表=堀部知守・富山県真宗大谷派林照寺住職)は六日午後二時から、高速増殖炉「もんじゅ」の立地する敦賀市で開催。会場となった敦賀労働福祉会館には、北は北海道小樽市から南は九州・宮崎県まで全国二十七都道府県から仏教・キリスト教・教派神道など十四宗派の宗教者百名以上が参集した。

 集会では開会宣言に続き、参加者全員がチェルノブイリを始めとする原子力発電事故や核兵器の犠牲者に対しそれぞれの宗教のスタイルで一分間の祈りを捧げた。引き続いて仙台市の梅森寛誠氏(日蓮宗)が、各地の原発立地地域で個別に活動を続けてきた宗教者が横のネットワークを作るまでの経過を報告。昨年十月に行った東京での通産省、科学技術庁の担当者との話し合いやその後の原発下請け労働者の実態調査、珠洲市市長選に対する五千名の署名活動などについて報告した。

 基調講演では、小浜市の中嶌哲演氏(真言宗御室派)が十五基(うち十四基が稼働寄)の原発が建つ“原発銀座”若狭からの報告を行い、「原発は必要」という神話を打破するために、「都市住民のライフスタイルを支える価値観の転換」「原発に依存しない地域開発」「フリーエネルギーの開発」の必要性を訴えた。

 また、敦賀市の立花正寛氏(浄土真宗本願寺派)は、住民の九〇%がこれ以上の原発増設に反対しているにもかかわらず推進される現状を報告するとともに、ガンで亡くなる人がなぜ多いのか、という市民病院の医師や看護婦の声を紹介。最近では、二十三才の女性が白血病で亡くなっていることをあげ、“原発で人は死なない”という推進派の主張を否定した。そして、「宗教者はありとあらゆるいのちの問題に関わってこそ、宗教者と言えるのではないか」と宗教者の責任も提起した。

 1964年(昭和39)から美浜原発で配管工として働き解雇をきっかけに組合を結成した斉藤征二氏は、一般に知られていない原発下請け労働の過酷な実態を詳細に報告。組合結成後だけで五十名以上の労働者が亡くなっている事実、原発が「労働者は使い捨て」の上に成立っていることなどを語り、「トップから下まで作業内容が伝わっていない中では人為的ミスは当たり前。その体質は今でも変わっていない」を指摘した。

 原発立地地域からの報告では、八戸市の岩田雅一氏(日本キリスト教団)が青森県六ヶ所村の核廃棄物再処理工場反対運動とのかかわりを、石川県珠洲市の塚本真如氏(真宗大谷派)が二基の原発誘致で揺れる市長選について。そして、神奈川県横須賀市の木村武志氏(日本キリスト教団)が自治体に実態が知らされていないという核燃料輸送の問題点について報告した。

 集会はこの後、会の方針や運営方法について検討、執行部に一元化せず全国二十名の世話人を通じ連絡を取り合うことなどを確認。宣言文を採択した。

 宣言文では、核・プルトニウムからの撤退著しい世界の潮流に逆行して牽引車となろうとしているわが国の原子力行政が、地域文化を破壊し住民の不安を一蹴、被曝労働を黙認するなどして、その矛盾のツケを将来世代に押しつけているとして、国の原子力行政を根本的に問い直し、その過ちをただし改めせていくことを謳うとともに、宗教者がこれまで崇高な教えで安心や救いを説きながら、それが専ら自らの内面や死後の平安、狭い「ご利益信仰」のみに向けられ、現実逃避をしていなかったか、と宗教者の責任も問うている。

 集会参加者は翌七日午前には、同市白木地区に建設された高速増殖炉「もんじゅ」を見学したが、大人数を理由に建物内部への見学を断られ写真撮影も制限される中での“見学”に、あらためて自主・民主・公開の原則とは程遠い原発の実情に直面した。

 また昼すぎには高木孝一・敦賀市長に面会、 ①高速増殖炉「もんじゅ」の臨界・運転を認めないように  ②敦賀原発3・4号の増設を認めないように  ③老朽化している敦賀原発1号炉の廃炉についての市長提言の実施を― の三点について申し入れを行った。

 今回の集会について世話人の一人、立花正寛氏は「あらゆる宗派から集まって真剣な討議ができたことを評価したい。従来の組織のようではなく、問題に応じて人が集まり検討していくというのは“談義”のようで宗教者にふさわしいやり方」と、語った。また、同じく地元の中嶌哲演氏は、「今回の集会がきっかけとなり、地元の宗教者とのつながりができたことは収穫のひとつ」という。(次号詳報)

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