会の歴史と集会の記録

第4回 「島根」全国集会(96,7,2)

 「島根」全国集会へのよびかけ

第4回「原子力行政を問い直す宗教者の会」
 『島根』全国集会
テーマ 「国策=核燃サイクル」を問う」 PARTⅡ-「国策」の転換を求めて」

 1995年12月8日、動燃事業団は高速増殖炉「もんじゅ」においてナトリウム漏れ火災事故を起こした。年明けて1月、福井・福島・新潟の三県の知事によって、原子力 計画の見直しを含む異例の「提言」が国に対して行われた。同時期、大田沖縄県知事 の「代理署名」拒否をめぐり、基地問題が国と争われていた。いずれも背景に市民の 根強い運動と悲願があった。「国策」は揺らいでいる。

 この国の原子力政策は「国策」で推進されてきた。「国策」は政府と関連企業とのそのときの都合で強行されてきた。それらが今日露呈されてきているのではないだろ うか。では、その虚構ともいえる「国策」を支えてきたものは何か。それは、まさに強いものの側に立とうとする価値観ではないだろうか。宗教がそれを鼓舞扇動した事実はないか。それが宗教なのだろうか。私たちは自らの宗教を批判し問い返しなが ら、踏み付けられている人々の声を聞き連帯していく歩みをはじめたい。


 「沖縄の人々は基地がある故の弊害だけを問題にしているのではないのです。誰か に押し付けたいとも思っていません。だってそれでは悲劇を増すだけですから。」
(仲村清子さん県立普天間高校生ー当時ー県民総決起集会(95/10/21)で平和を訴えた)
六ヶ所村へ押し付ける核廃棄物問題そのものである。


 この度私たちは島根で集会をもつ。ここは古代大和政権(アマツカミ)に対する出雲クニツカミの地、日本海より東アジアを臨む地。昨年来の「国策」を問う場として は格好の地である。また、当会に先駆けて原発問題を訴える教派宗派を超えた「21 世紀宗教者の会」を結成し活動を続ける先進地でもあり、その点からも私たちが学ぶ ものは少なくない。

 ここで今厄介な問題が起きている。中海・宍道湖干拓淡水化とい う「国策」事業を一度は撤回させたものの、本年、県は時代に逆行する本事業の再開 を表明した。さらに中国電力島根原発の増設問題が急を告げている。決して島根だけ の問題ではない。

 私たちはこれらにつながりながら、自身の足元の「国策」問題をよ り深く掘り下げていきたい。私たちはそれぞれの思いを携えて出雲・島根に集結し、 祈りの中で今日の福井そして沖縄の提起した「ノー」の意味を問い直してみようでは ないか。
 
1996年5月20日
「原子力行政を問い直す宗教者の会」
集会代表 安本 和正(大本教)

日 時 1996年7月2日(火)14:00~3日(水)15:00
会 場 (宿泊) 松江市「松江しんじ湖荘」(下記参照)
参加費 7、500円(1泊2食、交流会・事務費含む)
集会のみ(宿泊、食事なし)の方は1、000円
夕食付きの方は実費

第3回 「六ヶ所」全国集会/掲載新聞記事・反原発新聞 209号 95,8,20

反原発新聞

 「国策=核燃料サイクル」を問う
       六ヶ所村で宗教者が全国集会

 「原子力行政を問い直す宗教者の会」全国集会が、敦賀、東京についで今年7月3日~5日、青森県六ヶ所村で開催され、仏教・キリスト教・教派神道などの約100名が全国から参加した。「戦後50年」の年に「六ヶ所村」でこの会が開かれたことは、まさしく国の近代化政策と戦後の地方開発政策によって犠牲と化し、現在、膨大な核のゴミ投棄と世界に突出する再処理・高レベル廃棄物問題など、矛盾と危険の一大集積地化が進行する場での開催だけに、はかりしれなく大きい意義を持った。

 韓国の霊光(ヨングァン)核発電所の現地で身を挺して民衆的闘いをされている朴在完(パク・ジェワン)神父ら一行、巨大開発に六ヶ所村長として反対し83才の現在も反核燃闘争を担う“反骨の志”寺下力三郎さん、それに菊川慶子さんら新住民の面々が加わり、全国、近在から参加した宗教者と「反原発」で出会い、熱い思いを交流した。「国策=核燃サイクル」の本質に迫る論議、鎌田慧氏の講演、核燃料サイクル施設の敷地内視察、祈りの行動など、充実した三日間だった。

 集会宣言を採択し「『核燃料サイクル』は、責任を回避して、地元の人々を圧殺する、国家の犯罪行為である」と、「無策・無責任」ぶり、安全対策を無視して強行する国の姿勢に「欺瞞、傲慢」な行為を見、「国家犯罪」と断罪した。

 能登原発現地の長田浩昭僧侶(真宗大谷派)の発題によって、日本の原発が「節約、節制」「自然を大切に」ということでは決して止まらない/欧米のような経済論理の上に成り立っていない/原発を立地する側の意識が「国策」という「お上意識」に支えられているという点に視座を据え、意識を集中することができた。

 また「罪」を個人的な問題に矮小化せず、国策・国全体のあり方や方向性と、それを支える価値観や地域と人間を分断していく構造そのものを「宗教者の課題とする」方向を確認した。

 そのことと、宗教者の戦争責任と現在に続く「加害者」性の自覚に立って、今後、反原発でアジアの人々と連帯していくことを確認し合ったことが、今集会の成果だったと思う。

 集会後、六ヶ所村、日本原燃、科学技術庁の青森出先機関、青森県に集会宣言を手渡し、申し入れを行った。

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