お寺とは「声なき声」を聞く場 /朝日新聞2010.7.10

朝日新聞に、訓覇より子さんの記事が掲載されました。

お寺とは声「声なき声」を聞く場

 関西電力大飯原発と高浜原発に挟まれた福井県高浜町にある西恩寺を6月17日、訪ねた。この日、法要を営むため前住職の次女で僧侶の訓覇より子さん(47)が里帰りしていた。大飯原発の再稼働を巡る彼女の言葉が心に残り、また話を聞いてみたくなった。

福井・高浜の西恩寺が実家 僧侶・訓覇より子さん

 より子さんに初めて会ったのは5月30日だった。大飯原発の再稼働決定を前に、宗派を超えた約100人の宗教者が、福井県庁に再稼働を申し入れていた。その時に応対した県職員に突然、自分の住所や名前を告げ、訴え始めたのがより子さんだった。
 「あなたがたは、地元の人たちの声なき声を聞く努力をしているのですか」。最後は少し涙声になっていた。僧侶の仲間が「物静かな訓覇さんが、あんなに語るのを初めて聞いた」と驚いた熱弁は、私の耳の奥に残った。

 西恩寺は高浜町の海水浴場近くある真宗大谷派(本山・東本願寺)の寺だ。より子さんは結婚して町を離れ、今は三重県内に暮らすが、毎年6月の法要には戻ってくる。火事で焼けた本堂を15年前に再建したのを記念して営まれており、今年も町内の門徒20人ほどが集まった。
 初対面の私に、町の人たちはけげんな顔をしたものの、あいさつを交わすとすぐ、法要の輪に招き入れてくれた。
 前日の16日、野田政権は大飯原発の再稼働を決めていたが、だれもその話題を口にしなかった。この日も福井市内では大飯原発の再稼働決定に反対する集会が開かれ、全国から集まった人たちが怒りの声を上げていたのとは好対照だった。
 「地元で暮らすこの町の人間は、全国からどう思われているのだろうな。福島であんな事故があったのに、法要が終わった町のかなで、重い口を開いた人にあった。
 「原発賛成の人もいれば、よく思わない人もいる。原発は気になるけれど、みんなここで暮らしていかなければならない。だから口にしてはならないんだ。ひとつになれなくなる。」
 その人には、仕事に差し障るので、名前を新聞に掲載されるのは困ると言われた。

 より子さんは中学生のころ原発を意識し始めた。もう、30年以上前になる。
 福井県小浜市で原発反対を訴え続ける僧侶の中蔦哲演さん(70)に頼まれ、住職だった父の堀尾祐昭さんが、学習会の会場に西恩寺を貸したことがあった。
 学習会が始まる夕刻。寺の門の前に見知らぬ男たちが立ち、出入りする人たちの顔を一人ひとり調べていたのを見た。それまで感じたことのない薄気味悪さだった。
 より子さんは京都の大学を卒業し、東本願寺で人権にかかわる仕事を始めた。原発問題のリポートを書き、祐昭さんに見せたことがある。
 「原発は様々な差別の上に成り立ち、人々の口を閉ざしている。寺を、そんな差別に気づかせる場にしていかなければならない」
 父は読んで一言「これではあかんのや・・・」とつぶやいた。何がいけないのだろう。わけを聞けないまま、祐昭さんは3年前に亡くなった。 
 結婚し、2人の子どもの母親になったより子さんは、切実に感じることがある。
 「ふるさとの人たちが何より大切に思っているのは、家族や仲間のいのちなんだ」
 政治や行政、経営、報道に携わる人たちのように、言葉巧みではない。原発について言葉にすると、だれかを傷つけてしまうのではないか。そう思うから、だれもが黙る。そして、言葉を上手に操る人たちは、事情がわかっていながら「声なき声」に耳を傾けようとしない。
 より子さんは今も、父の面影に語りかける。「大好きな地元の人たちが集まり、笑い、泣いて、心を開ける場にする。それがお父さんの目指したお寺なのでしょう」

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