「東京」全国集会へのよびかけ












「原子力行政を問い直す宗教者の会」第2回集会

テーマ 今こそ自らを問い直す

      「都市住民」が「被曝」を強要し「アジア」を踏み付ける

 今ほど私たち自らが厳しく、深く、広く、問い直されているときはありません。



 ヒロシマ・ナガサキの被爆から49年。その間の被爆者たちの痛苦と悲願を、私たち
はどれほど共有してきたでしょうか。「平和利用」と称して相次ぐ原発の建設や運 転、事故続発の陰で、差別と犠牲を強いられ、不安に脅かされている現地住民や被爆
労働者の叫びに、私たちはどれほど耳を傾けてきたでしょうか。今や原発輸出やプル トニウムの保有・利用へ踏み出そうとしている日本に対して、アジアの諸国民の中に
まき起こっている厳しい世論を、私たちはどれほど認識しているでしょうか。



 原発の「必要神話」を受け入れて、「豊かさ」を謳歌する大消費者たる「都市住民」(「都市化」を急ぐ過疎地の住民を含む)が、「被曝」を強要し「アジア」を踏
み付ける構造を、わたしたち自身が取り組むべき課題として深く認識し問い直しつつ、訴えていかなければなりません。そこに、今回あえて原子力行政の中枢、東京に
おいて集会を開催する意義を見いだすものであります。



 既に事実は先行しております。国の原子力行政は、原発現地住民や被曝労働者を打ち棄てるのみならず、アジア住民にも牙を向けはじめました。これは歴史への問い直しをも意味します。近代日本が「文明開化」をうたい「脱亞入欧」といってアジアを
侵略しつつ、「富国強兵」の軍国化の道を歩んだ結果が、ヒロシマ・ナガサキへの原 爆投下でした。戦後、平和憲法のもとでスタートしたはずの日本が、愚かにも今また
同じ轍を踏もうとしています。今日の軍事大国日本がPKO・プルトニウム政策を強行し、核武装というアジア近隣諸国の悪夢を現実化させつつあります。



 今この時、私たち宗教者は、それぞれの宗教的信念に基づいて、すべての「いのち」を大切にする思いで結ばれました。今日の危機の発生地東京で共に交わり、話し合い、祈って、歴史を問い自らも問い直して、熱い思いと行動を共有していきましょ
う。












「原子力行政を問い直す宗教者の会」
集会代表

東海林 勤 (東京都・日本キリスト教団)

梅森 寛誠 (宮城県・日蓮宗)